僕たちの常識は進化している 『魔法の世紀』(落合陽一) 感想 (2015年11月30日)
最近はずっと、2016年1月末刊行予定の『メイカーズのエコシステム』という本の執筆や編集をしている。
その中で、個別のプロジェクトやテクノロジーについて考えるよりも、「技術を手に入れたことで人間の意識や常識が変わり、今後も変わり続ける」ということを中心的に考えている。
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落合陽一
PLANETS (2015–11–27)
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「魔法の世紀」はその視点でもすごく面白い本だった。
追伸でも書いたけど、内容が整理されていて思ったよりスッと読める本で、予定では数日後にまとまった時間取って読むはずだったのだけど、読み終わってしまったのですぐ感想を書く。
いまの人類は20年ぐらい前に比べて、
・自分が書いた/作ったものを人に見せたこと
・コンタクトを取る人数
・国境を超えた友達の数
・飲み会であれ旅行であれ会社であれ、何かを企画して人を巻き込んだこと
は激増している。
コンピュータ、インターネット、それが拡張した人間のイメージは、たとえば国境というゲートを押し下げたし、コミュニケーションの価値も変えた。
プログラムを組むこと、何か自分で行動して他人を巻き込むことは、やろうと思えば誰でもできることになりつつある。寝ても覚めてもインターネットに接続していて、場合によってはその一部を自分で構成する、コンピュータ上も現実世界もさほど区別しないエンジニア/ギークたちからこの変化は始まり、やがてゆっくりとそれ以外の人にも広がってきた。
落合氏はいまもコンピュータやインターネットに耽溺してやまないギークでもある。
自分の作った環境がはじめてインターネットに接続された感動も、作ったプログラムが動いた感動も、この「魔法の世紀」には詰まっている。
それは「自分が作ったものが世界に永久を与えた」「自分と世界がつながった」瞬間であり、「いま自分を取り巻く世界も、誰かがつくったものである」という気づきでもある。
落合氏は科学者でありメディアアーティストとして、その世界の構造を探求し紐解き、自分でも作り続けてきた。その過程がこの本にまとめられている。
その意味で、『Made by Hand ―ポンコツDIYで自分を取り戻す 』(Make:Magazine編集長 マーク・フラウエンフェルダー)のような「テクノロジーに触れ、世界の一部でも変えられるようになることで、社会との関わりが変わる」と「魔法の世紀」は同じ目線に立っている。もちろん、釘や金槌でなくデジタルデータ、さらには複雑なデータをシンプルに表してしまう数式に立脚する「魔法の世紀」は、さらにパワフルでもある。クリエイティビティが大量の情報収集/試行錯誤といった努力と、それを体系化する知性から生まれることも、この本は表している。インスピレーションは太古の昔から進化していなくても、情報技術は人間の努力の力を広げ、知性を助けてくれた。多くの引用文献がそれを裏付けてくれる。
また、テクノロジーを自らの延長として考えることで法について新しい解釈を生んだ『CODE 2.0』(ローレンス・レッシグ)のような読み方でも本書を読むことができる。社会に対する考えや常識といったものもテクノロジーの影響を受けて変わっていく。
日本は掛け算九九を全員がおぼえている国だ。それは僕らの処理速度をある部分では底上げしてくれている。日本が九九をおぼえたように、国民の大多数が本書にあるような「コンピュータのなんたるか」「デジタルのなんたるか」「データと数式の関係性、アルゴリズムという言葉が指すもの」を体感させようとしている国がいくつかある。そのうちの一つシンガポールでは、総理大臣含めた上層部にコンピュータの達人が揃い、人が必要としている場所に勝手にバスやタクシーが押し寄せるような、魔法のような進化が社会に生まれつつある。サイエンスやテクノロジーの巨人の肩に国全体がきっちり乗ると、どのぐらい遠くが見えるか、シンガポールに住んでいると考えさせられることが多い。
また、自らプログラムを操り成果物として結実させることの価値もこの本は伝えてくれる。また、プロデューサであるPLANETSも、コンピュータでなく人間と協同することで、「書くだけでない価値」をこの本に与えている。それは「魔法の世紀」でも価値を失わないものだ。
その意味で、この本に書かれているような作品を実際に見て、自分でも作ることや、作る行為や普及させる行為に他人を巻き込んでいくことは、「魔法の世紀」を積み上げていくための大事なことだと思う。
もう一つ、この本をすがすがしくしているのは、自分の中にある新しい考えを説明していて、批判がほとんど入っていないことだ。
インターネット時代の批判は、誤解や立場の違いを含めた大量のフレームアップを生んで、まったく機能しなくなる。たとえばジェンダーにしても安全保障にしても、いつのまにか反対側も賛成側も「そっくり」になる。この本のように、自分がやりたいことをきっちりと説明して、あとはひたすら実践することはとても有効で、おそらくインターネット時代の書籍の役割はそうなっていくように思う。インターネットは、仲間を集めるにはとても役に立つけど、何かを消すのには向いていない。
魔法の世紀は、そうしていろいろなモノを作り続ける中で全体的な方向が決まっていくのだと思う。
P.S
以下はさらに個人的な感想
いい意味で予想外にスラスラ読める本で、びっくりした。ただし、 Yoichi Ochiai さんの本なので情報のビットレートはすごく高い。
僕は出てる作品ぜんぶリアルタイムで見てるので、スッと入ってきたけど、、僕は2010年に自分たちが開いた「チームラボ電子工作祭り」というイベントに学部3年生の落合氏が「でんきがみえる」を持ってきて見せてくれてからのつきあいになる。
当時のプレゼンはここに動画が残っている。
彼の作るモノは当時から面白かったけど、プレゼンは「なんだかわからないけどすごい」ものの、何を言っているのかよくわからなかった。
この本はとてもとてもわかりやすい。ほとんどのことは僕が知らないことが書いてあるし、引用や他人の紹介もきわめて多いのだけど、内容をしっかり消化して体系づけて書かれていて、きわめてエンジニアの書いた文章っぽい。こういうスキルアップの仕方は、落合氏がこれまで所属した研究室や、一緒にやってきた人たちのチカラなんだと思う。
はじめて会ってからの5年間で、落合氏は自分のスキルをすごく伸ばしただけでなく、仲間というか社会というか、自分を取り巻くエコシステムも成長させているように感じた。