amazonのプリントオンデマンドとセールと文庫本(2016年03月08日)
■紙の本はだいじだ
電子書籍で読む人と紙の本で読む人はけっこう違う。僕は海外にいることもあるし、なるべくデジタルな方向に進みたいという気合いもあってぜんぶPDFかKindleで読んでいるけど、「本は紙でないと読みたくない/読まない」という人は今もとても多い。
街中でCDウォークマンやカセットテープを見かけることはすごく少なくなったけど、今でも本を読んでいる人はよく見かける。他の遊びに食われて本を読む人そのものは減っている話はあるのだろうけど、「電子書籍を読んでる風景と紙の本を読んでる風景」だと、後者のほうがよく見かける気がする。
多くの本は「読みたいから」読まれるものだ。電子書籍が本を読む行為の代わりにならない人は今もいっぱいいる。別物である以上、ラーメンすごく食べたい人に別の食べ物を勧めるようなもので、そっちが安かろうが場所を取らなかろうがどうにもならない。だからメイカーズのエコシステムが紙版でも出てることはありがたい。この本を読むような人はデジタルに対する嫌悪感が少ない人ばかりだと思うけど、かなりの人が紙版で読んでいる。(まだ集計期間がすぎてないので、どっちが売れてるかは僕はわからない)
■amazonで紙の「メイカーズのエコシステム」がセールされている
メイカーズのエコシステムの紙の書籍版が、Amazonで安くなっている。
もともと2800円+税で3024円だったものが、今は税込みで2117円。30%以上安い。
出版社に話を聴いたら、「amazon側がお金を出して、オンデマンドのペーパーバック本をセールしている」とのこと。
■プリントオンデマンドとは
メイカーズのエコシステムは、知り合いの伝手でいろんな出版社を回ったんだけど没ばかりでお蔵入りになりそうなところを、アマゾンのオンデマンドを前提にしたNextPublishing企画で拾ってもらって実現した書籍だ。このNextPublishing企画は、
・表紙や本のレイアウトなどの編集処理を企画化して省力化
・初版の刷り部数などを気にしなくていい、amazonに注文が入るたびに印刷・製本されるプリントオンデマンド
にすることで、より他で没になったような挑戦的なテーマ、新しい著者を拾っていく企画だ。
詳しくは出版したい人必見! IT書籍の出版企画をふたたび募集しますに出版社から解説がある。
普通の本は「版」を作って、印刷機を回して大量に「初版」を作る。それは余るとそのまま在庫リスクになるから、部数の予測が出来ない本を手がけるのはコワイ。
もちろんどの本もたくさん読んでもらうために作るのだけど、「出版社」というプロの人たちはそういうことも考えながら企画をしているようだ。
出版社で働く女性を描いた「働きマン」というマンガでは、
・自分の担当作家の部数を多くするために上司たちと交渉する
・多くの本屋で引き受けてもらい、棚のいいところを確保するために頑張って営業する
など、プロらしい大変そうな話が書いてあった。
posted with amazlet at 16.03.07
プリントオンデマンドだと、オンライン書店に在庫関係なく置いてもらって、発注が来たらAmazonが印刷して送ってくれる。「働きマン」にあったようなしがらみは少ない。それがいいか悪いかはともかく。
欠点は、たくさん部数が出るなら、版を刷る以前のやり方のほうが安いこと。すごく少部数な、大学の先生が授業で使う生徒だけのために書いた本などは5–6千円やもっとすることもあった。オンデマンドならそんなことはない。Nextpublishingのシリーズを見ると、だいたいはページ数に比例して価格がついている。(メイカーズのエコシステムは寄稿も多くて400ページの本になったので、ムリして多少割安にしてくれたようだけど、Nextpublishingシリーズでは高い方の定価だ)
ページ数や部数に正比例して費用がかかっていくから、ベストセラー本をオンデマンドでつくるわけにはいかない。
プリントオンデマンドについてはfladdictさんが詳しい解説を書いている。
■文庫版がはやく出るような効果が起こる?
一方で、このセールはいくつか別の効果も生んでいる。
一つは単純に、本がたくさん売れたようだ。ついつい僕は本のランキングを見てしまうのだけど、安くなったらいきなり工学カテゴリで8位とかになっていた。なんとなく気になっていたものがセールになるのはお得感ある。僕もよくそれでKindle本を買っている。(ただし、値段にだけ釣られて本を買っても読まないので気をつけるようにしている)
それにより、出版社インプレスR&Dの側で、「ちょっと多めに作って本屋さんにも配本しようか」みたいな話も出てきた。
5月3日に、メディアアーティストの八谷さんや、共著者のみなさんと一緒に、出版記念イベントを考えていて、出版社のインプレスR&Dさんにも、「チケットと本をセットで売るので割引販売とかできませんか」みたいな相談をしていた。そのときの金額も、amazonと同程度ぐらいにはしたい。
そうすると単行本としてまとまった数が割安でできるかもしれない。今回の本の場合、けっこう時間を使って書いたし、売上げは会社に入るようにしてもらってるので、売上げが上がるのはありがたいし読んでもらえる人が増えるのはそれ以上にありがたい。
内容が変わらないのに安くなる(かもしれない)のは、買う方としては釈然としない思いもある。なにしろ今のセール金額は、僕が著者割+送料で10冊買った(本の登場人物など、世話になった人に差し上げる用)のより安い。一人で10冊買った人は他にいないと思うので、僕がいちばん割多めに払ってる気がする。
でも、僕も学生の頃は、欲しい本でも「全10巻」とかになると、そこに払うお金は工面できなくて、古本で買い集めたり文庫に落ちるまで我慢してたりした。当時はいくつも、「文庫になったら読もう」と思っているシリーズがあったものだ。本の内容が変わらずに(文庫版後書きとかでむしろ分量が増えたりする)値段が下がるのは前からよくあった。
また、よっぽど類書が多くない限り、「安いからこっちの本にするか」みたいなのも働きづらい。
・発売当初はオンデマンド(割高)
・たくさん売れると単行本扱いやセール(割安)
・在庫がなくなって、でももう一回大量生産するほどではないとまたオンデマンド(割高)
みたいな感じになるのかもしれない。
よいことなのか悪いことなのかは、正直よくわからない。これまでの本の作り方や流通のさせ方にもいいことはあるんだろう。
少なくともメイカーズのエコシステムにとっては、オンデマンドで出してもらったことと、今紙版のセールやってもらってることはいいことなのだと思う。