試行錯誤した発展への路 (頭脳国家シンガポール 田村 慶子

結論だけ言うと、「シンガポール-ストーリー」の後に読むべき本。より多角的に見える。

「頭脳国家」シンガポール―超管理の彼方に (講談社現代新書)

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田村 慶子
講談社
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シンガポールの事では自分自身より信用してる今日もシンガポールまみれのUniuniさんに、「シンガポールのことを書いた日本語の本でまともなやつありませんか?」と聞いたときに推薦されたのが田村慶子と岩崎育夫だった。

とりあえず何冊か入手して積読していたが、手始めに読んでみたのがこの本。
内容はド本気で、著者の本物ぶりは伺える。資料はほぼシンガポールの書籍、知人たちから聞いた話も、シンガポール国立大学の学友などの地元民。
僕は「日本語で書かれたシンガポールのニュースは読むだけ無駄」と思うぐらいにマスコミのシンガポール情報をアテにしてないことは以下のエントリなどで書いた。
世の中には3種類の嘘がある: 嘘、統計、そして「海外ではこう知られている」
ソースを見ずに話すと時間を無駄にする

この本は書き方や情報ソースだけでも信用できる。

きちんとシンガポールに根を下ろしながら、それでいて本書の内容は一貫して人民行動党(Peaples Action Party, 以下PAP)が取った、強すぎる国民への指導政策に対する反証で満ちている。
本書は1983–4年に渡って続いた「高学歴女性への補助と低学歴者への堕胎」政策が、当の高学歴女性を含めた国民の大多数の反対(初の与党退潮を招いた)で停止した話から始まり、
儒教を国民倫理にする試み(国民がまったく選択せず、公民的な時間ではキリスト教や仏教を選択したことで失敗)と1982年にPAPが「シンガポールの春」と呼ばれた、新聞にPAPに批判的な投書も載せる企画(思ったよりキツい批判が来すぎて早期に中止)を紹介して終わる。

割合としては失敗した施策の紹介が圧倒的に多く、この本のPAPはエリート主義に固執して失敗ばかりしているように見える。

ところが、この本はそれに終始しない。シンガポールの持ち家率がもっと国土の広いアメリカ等と比べても遥かに高いことや、1980年代の後半でもアジアで日本に次ぐ豊かな国になりつつあること、多民族国家シンガポール人の間でも「シンガポール人としての国民意識」が育っていることについて、きちんとした統計やシンガポール人からのヒアリングをもとにちゃんと記載/評価している。

1993年に書かれていて、長年に渡る調査が元なだけに1980年代の話が多くを占めるこの本に描かれている社会はさすがに古い。添付の地図でセントーサの表記がセントロサとなっていることに象徴される。

1993年はリークアンユーが引退してまだすぐ、ゴーチョクトン体制でリーシェンロン氏がまだ閣僚の一人だった頃だ。当時のシンガポールは外国人エリートにはビザを大盤振る舞いしていて、広告まで出していた。今は160万人と労働人口の過半数を占める移民も、20万人に過ぎなかった。
人口は当時が300万で今は330万なのでだいぶ違う。
シンガポールがシンガポール人による労働集約型から、シンガポール人がマネージメントする時代への端境期に書かれた本だ

それでもこの本に価値があるのは、批判的に多く紹介されている政策が、他ならぬ国民の意見によって変更され、国民は随所で政府に対して批判(ストライキや野党としての活動は制限されていても)を行い、PAPも柔軟に制作の変更や廃止、方向転換をしてきたことだ。
前に書評した鄧小平も極めて結果にこだわる方向転換の多い政治家だった。
深センのプロデュース:規制緩和するのは本当に大変だ(現代中国の父 トウ小平 エズラ・F・ヴォーゲル )

その意味でこの本は、官民両方のシンガポールの進化を示した本とも読める。

為政者側の当事者リーの書いた「シンガポールストーリー」とセットで読むべきと書いたのはそういうこと。

リー・クアンユー回顧録〈下〉―ザ・シンガポールストーリー

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リー クアンユー
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得るものが多かったので、今度はもう少し新しい本を読んでみたい。

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TAKASU Masakazu/高須正和
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Written by TAKASU Masakazu/高須正和

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